top of page
  • 執筆者の写真鈴木厚本人

更級日記感想文

更新日:5月28日

Facebook2024/5/21投稿

=更級日記は高校生向きかなど= 

これも力作です。

ほぼ半世紀前の高校時代に我が1年E組担任で古典の故八幡栄太郎先生(披露宴に美大の先生呼ばずただ一人招待した恩師)が1学期末生徒達に「夏休みに古文を読むんだったら更級日記」とおっしゃっていた。

が、その「更級日記」高校時代以来何回読み始めても、いつも途中であまり面白くなくなり、それなりに難しいので挫折していたのだが、この度、紫式部日記のプロ仕様注釈書(荻谷朴校注)をよんだ勢いで65歳にして初めて読破した。

今回も最初の上総守(受領)の父菅原孝標とともに任地上総で過ごした夢見る少女である作者が13歳で上京する紀行文の部分は、各地の風景や出来事の描写は素朴で面白かった。(日記と言っても日次ではなく執筆は50代からの回想)

私の郷里の近く、千葉県松戸の辺りで美人の乳母が出産し泣く泣く別行動になる。

あばら屋で月光に照らされて涙を流して伏せっている乳母の姿がせつなく美しい。

(当時の貴族の乳母は親代わり。上総に同行したのは内気な実母でなくて、一夫多妻の継母。継母は奔放な人で上京後孝標と離縁、宮仕えに戻り別の男を通わせる。でも作者はなついていた。)

道中の剣呑な山道でキレイな遊女の一行に会ったり、地方の怪奇、或いはロマンティックな伝説なども面白かった。

しかし、上京してからの生活の部分はやはり退屈だった。いつもはここで挫折。

上総時代に熱望していた源氏物語等の物語に耽溺したり、仲良しの父親が今度は単身常陸介になって下り悲しかったり再会を喜んだり、独泳や友人と歌を詠み交わしたり(歌は割合平易)、郊外の別宅に籠もったり、また、緊張しながら宮仕えしたり、33歳にて橘俊通(39歳受領)と結婚した後、夫の赴任中(下野守)に少しだけ物語風に今度はノンビリ出仕先の祐子内親王邸や内裏で源資通(正四位下)と歌のやりとりをしてときめいたり、(多分不倫の実事はないが、あしかけ3年にわたり軽い逢瀬が)、夫は実務家で結婚後はいつしか経済的不自由はなくなり、長谷寺、石山寺、鞍馬寺等に参詣したり等々。

直近に読んだ古文=紫式部日記は扱う期間が足かけ3年と短く、場面がほぼ土御門第(道長邸)、内裏と実家でのみで、儀式の描写や人物批評、内心の吐露にとどまるのにくらべて、更級日記は約40年間と長く、乳母や姉の死、火災で家が焼けるなど事件は多彩で、また作者の行動範囲も広く、霊夢、人魂の出現など異界の気配も濃厚だ。

しかし、如何せん文章自体がしなるように美しく不思議な奥行きを持つ紫式部日記に比べて含みがなく平板な感じがする。上京後は各段の関連も不明瞭。

今回も「やっぱり八幡さん、分からん人だなー、竹取物語の方が絶対高校生向きだよな」と思ったわけだ。

竹取物語は現代語訳が付いておらず、注釈も少ない岩波文庫版で読み通せたただ一つの古文作品だ。

 ところが、最後の部分になって、いきなり作者50歳で帰京中の夫を亡くして鬱状態になり、「歌や物語みたいな不埒なものにうつつを抜かさず、もっと熱心に信仰したらばこんな辛い目に遭わなかった」と期待外れの自分の一生を回想するシーンが出てくるのだが、作品全体がこの悔恨の中にシュッと吸い込まれるようような感覚がありアッと驚いた。

それまでの散漫な印象だったバラエティーに富んだ記述のすべてが謂わば黒歴史としてしっかりと繋がり、闇の中にはかなげに輝き始める感じなのだ。

そして、家族がさりたった一人になって全編が終わる。(侍女や使用人はいたと思うが。)

「ちゃんと働かなかった」からではなくて「ちゃんと信心しなかったから」というところが平安貴族なのだが。。

そう言えば、所々に、夢で「法華五経を読みなさい」「天照御神をお祈りしなさい」等のお告げがあり、長谷寺参詣の折も稲荷に関する霊夢があったが気にもせず、上総の少女時代、薬師如来像に「早く京に上り存分に源氏等の物語を読ませ給え」的なお祈りをしたり等、所々に作者の真剣とは言いがたい信仰に関する言及があった。

橘俊通との結婚前は光源氏や薫君(柏木と源氏の正妻女三の宮の不義の子)のような貴公子との出会いをけっこう本気で夢見ていたのだ。

薫に愛された浮舟(皇統だが常陸国育ち)や源氏に愛された夕顔のように。

夫との間に子供が出来たあとはさすがにその夢を馬鹿げたことと思うようになり(源資通への長い恋情はあったが)寺々への参詣もするが、長谷寺参詣の道中の宇治で紫式部はどうしてここに浮舟が住む設定にしたのだろうと作家的視点で源氏物語を語ったりもする。

以下一部引用。

(原文)昔より、よしなき物語、歌のことをのみ心にしめで、夜昼思ひて、おこなひをせましかば、いとかかる夢の世をば見ずもやあらまし。

(現代語訳)昔から、愚にもつかない物語や歌のことばかりに熱中せず、夜昼一心に勤行でもしていたら、本当にこんな夢のようなはかない世をみないですんだろう。(小学館日本古典文学全集 犬養廉 校注訳)

今回2回通読してみたのだが、一見地味な中に小説的な企みがあるというか、読み終わってみれば構成が見事で、紫式部日記のようにどの部分切っても文章自体の魅力が凄いというのとは別の意味で、実は凄い作品なのかもしれないと思うようになった。

更級日記は紫式部日記より50年弱後の執筆。

今でも、更級日記が高校生向きだとはあまり思えないけれど、文章は比較的平易で割合歌が少なく、面倒な服飾の描写、姻戚関係、官位や儀式など有識故事への言及がほぼないのは楽かなとは思った。

本文の長さは紫式部日記’より少し短い。岩波新古典文学大系で63ページ。

因みに作者=菅原孝標女(名前は不明)は菅原道真の末裔(父孝標は道真5世の嫡孫)で「蜻蛉日記」藤原道綱の母異母妹の子で姪にあたる。

底本の藤原定家書写御物本奥書に作者は「夜の寝覚」「浜松中納言物語」なども書いたとある。

以上、これでも長くなるので、やむを得ず省略した重要な要素があるのですが、読んでくださってありがとうございます。

更級日記ちょっと面倒ですが、現代文の名作読み尽くしてしまったような文学好きにはやはりおすすめの作品ですので是非。


藤原定家書写御物本更級日記

思ったより丸くて可愛い字。

現在は国宝のようです。

石山寺縁起絵巻・第三巻第三段

菅原孝標女の石山寺参詣 石山寺蔵

14世紀前半の作。重文

逢坂の関のあたり。

不遇を託つがやはり特権階級。車の中に作者がいる。

閲覧数:14回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page