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  • 執筆者の写真鈴木厚本人

紫式部日記感想文

Facebook2024/3/21投稿

長いけど、力作なんで皆さん、読んでね♡

=道長、紫式部に肉体関係はあったか?など=

紫式部日記、萩谷朴校注のと伊藤博校注(岩波新日本古典文学大系)の両方でよんだ。底本は両者とも宮内庁書陵部黒川本。

荻谷校注のは950ページほどで3ヶ月、その後、伊藤校注のは70ページほどで2週間ほど。

本文そのものは伊藤校注本が一冊で蜻蛉日記、土佐日記、更級日記と併録だからごく短い。

荻谷本では道長公記(藤原道長日記)、小右記、権記、不知記、左経記等を始め多数の資料を参照して歴史的に日記に描かれていることの背景を詳細に再現している。

貴族達の昇進時期から夫や父親の官名で呼ばれる女房達の実名や年齢を推定したり、官位や姻戚関係から力関係、人間関係を復元して見せたり。建物の構造を推定して登場人物の位置関係を復元したり。儀式次第やそれに使われる器物の詳細、衣服、安産祈願の僧侶達の姻戚関係などありとあらゆる事を網羅的に。

多分当時の宮廷人ならみなある程度は暗黙裏に知っているようなことだったろう。

さて、私はテレビを見る習慣ないので見ていないが、今、NHKの大河ドラマ「光る君へ」をやっていて、どうやら道長と紫式部のラブシーンが有ったようだ。

古来、藤原道長、紫式部の肉体関係の有無は論議の的のようだが、伊藤本では、注、解説ともに全くそこに触れていない。

一方、荻谷本では、道長(43歳)と紫式部(35歳)の肉体関係は当然ありと。

正妻倫子(45歳)から老いを拭うことが出来るとされる菊綿(菊花に一晩かけた真綿)を重陽に贈られとことを「けっこうな歳して人の旦那によく手を出すよね」的な当てこすりメッセージと解釈している。

しかし、伊藤本のように、本文文面上は肉体関係はなかったとしても読める。

紫式部の家系は父母とも道長と同じ藤原氏北家の系統で曾祖父の時代は紀貫之のパトロン的存在になるほどの力があったが、紫式部の時代は政権中枢は道隆、道長等、藤原兼家(蜻蛉日記著者が第2夫人だった)の子らに握られていて地方官=受領、家司の家系になっている。

父為時(紫式部母は早逝し父に育てられた)は教養あり真面目だが不器用、弟の惟規は軟派でたよりにならない。

源氏物語の作者として文名高かった式部は道長に請われて、ライバルだった兄道隆の娘=故中宮定子のもとに清少納言がいたように、中宮彰子(道長の娘)の家庭教師的女房となる。(ともに一条天皇中宮)

結果、一家の命運を背負うことになる。

また、3年足らずの結婚生活で夫に死に別れ、一人娘賢子の将来も心配だ。

父や弟の栄達を期待して今や絶対的権力者にならんとしている者の歓心を得るためにも、また当然男性的オーラもあった道長でもあり、比較的自由な当時の貴族達の性意識からも肉体関係は有ったのでしょう。

実際に紫式部日記にも道長が紫式部に求愛の歌を詠みかけ夜に局の戸を叩くところまでは描かれている。その晩は拒否だが。

そんな背景を自分なりに感じながら読んだ荻谷本紫式部日記は一言で言えば暗かった。

道長に体を許しても、弟の昇進はなく、ひょっとすれば一人娘の賢子の相手と夢見たかもしれぬ道長の長男頼道を自分の文壇パトロン的存在だった具平親王の娘への縁組みを相談される。

紫式部は、プライドは高く多少被害妄想的で悪口(清少納言、和泉式部、弟の恋人、等)凄いし、引っ込み思案で、正直でもない。

夫の死後、宮仕え前の寡居生活時に源氏物語を執筆したわけだがその当時、物語の批評を請うたりで出来た文芸的友人からも、チャラチャラした宮仕えで変わったしまったと思われていると考えて遠ざかり、宮仕えに案外なじんでしまった自分を嘆いたりもする。

また、権力を持つ一条天皇の乳母周辺への嫉視もある。

本来は、仏道に帰依することを夢見ているが、それが出来ない回りくどい言い訳をする。彰子の格下ライバル格の女御の女房に陰湿な嫌がらせの主導をしたりもする。

一方、伊藤本で読むと暗い面もやはり見えはするが、さすが源氏物語の作者、文章の流れがキレイで中宮彰子の親王産後の儀式の描写等とてもキラキラして美しい。情報量が多すぎて文章がゴタゴタしているところがあった枕草子より読みやすい感じがあった。

また、めでたい事の多い実録的部分(日記体)が、彰子所生第一親王敦成誕生前後のが前半および第二親王敦良誕生後のが後部にあり、その間に暗めの心情告白的部分(消息体)が挟まれていて案外安定感のある構成だと感じた。

時間軸の齟齬、空白、文体の不統一が有って、古来、消息体部分後人竄入説、現存部分残簡説、導入部散逸説などいろいろあるらしいが、荻谷氏の現在の形=オリジナル説でよいのではと思った。伊藤氏は途中一部欠損説。

萩谷本でみっちり勉強した後なので、現代語訳がなく注の少ない伊藤本である程度流れに乗って読め、全体を把握しやすくなっていた面は有るとは思うのだが。

そこで、自分なりに荻谷本、伊藤本を合わせて想像するに、当時の貴族が読んだとすると「まあ、あの源氏物語を書いた紫式部にも色々あって大変そうだけど、やっぱり宮廷生活は特別だよねー素敵だよねー」というところではないだろうか。

 ところで、萩谷氏によると紫式部日記の執筆動機はやがて宮仕えするであろう一人娘賢子への家訓として書かれたとしている。

伊藤氏は主家、友人らからの要請、庭訓にするなど外的な要因があったにせよ「基底的」には「内的要請」的なものとする。

私には勿論その是非を論ずることなどできないが、感じたのは、紫式部日記は源氏物語のエピローグと言う面もあるのではと言うことだ。

紫式部日記には、源氏物語がかなりの回数登場する。

里帰り出産の中宮彰子が一条天皇へのお土産に紫式部とともに美麗本に仕立てる話、局に隠しておいた改訂版の源氏物語を道長が勝手に持ち出して彰子の妹妍子に上げてしまう話、ちょっと自家に戻った際、前述のように寡居時代の源氏物語を間にしての文芸的交友を回想しながら少し読んでみて思ったより面白くないなとガッカリする話、内裏女房の1人が一条天皇が源氏物語を読んで学識を褒めたということで「教養を鼻にかけてる」といいふらす話、中宮の前にあった源氏物語の冊子を見た道長が「これほど色恋を知っているあなただから好き者だろう、見た男が放っておくわけないだろう(私はお前に興味があるぞ)」的な歌で口説く話(前述。現在ならセクハラでしょう)等。

特に具体的に眼前に冊子が有るシーンではその中にあの源氏物語の世界が存在しているのが実に不思議で面白い。

このリアルな現実世界の中で、自分が書いてしまった100年近く前を物語のスタートとする絢爛たる架空のストーリー=源氏物語とはいったい何者なのか。

図らずも、それを紫式部日記で書き切ってやっと源氏物語が本当に完結したと紫式部は思ったのかもしれない等と空想したのですがいかがでしょう。



荻谷朴 紫式部日記全注釈

最安値’7000円のを選んだのに新品同様で来ました。が、3ヶ月の苦闘で手垢だらけ。

昭和46年初版。

荻谷朴 紫式部日記全注釈

今まで岩波や小学館の全集で読んで古文を読んだ気になっていましたが、国文学者が本気で注釈書を書くとこんなにも情報量の多い大部のものになることを初めて知りました。

引用の大量漢文資料が読み下してあるのに現代語訳がないので半分ぐらいしか意味が分からず残念でしたが、語釈(注)章ごとの解説、巻末の解説などが大系をなしているようで多分完全に理解出来ればこの注釈書自体が文学作品として楽しめるようなものと思いました。

伊藤博校注 紫式部日記の含まれる岩波新古典文学大系

紫式部日記絵巻

源氏物語絵巻 柏木


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